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税理士早川嘉美事務所 開設35周年記念講演/未来を見つめる三つの目 税制の未来・レジュメ

税理士 早川嘉美

「税制の未来」 主張に当たっての基本理念

1 憲法第29条 財産権は、これを侵してはならない。

第30条国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。
第84条あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。

〈早川私見〉
このように、私有財産の保有は憲法で担保されており、唯一これを覆すものとして租税がある。そして、租税は租税法律主義によって、厳しく制限されている。
税額は、取り過ぎてもいけないし、過小であってもいけないのである。

2 国の方向性(ベクトル)と租税政策が相反してはいけない。

〈早川私見〉
わが国の経済を支えるのは、中小企業であるといっても過言ではないだろう。国家も、あげて起業家育成、再生支援を掲げている。
しかるに、税制の動きは財政不足をうたい文句に、しばしば、国家のベクトルに逆行して、課税強化で応えている。果たして、これでいいのだろうか。

3 節税という美名のもとに人生を変えてはいけません。

〈早川私見〉
私の持論であります。〈節税〉という魅力ある言葉のもとに、さまざまなプランニングが相談に持ち込まれる。だが、行き過ぎた節税は、しばしば人生を狂わせることになりかねない。
税理士らしからぬ言葉で誤解を生むかもしれないが、踏み込みすぎた節税より、少々ムダな税金を納付するくらいのほうが、人生にとってリッチなのではなかろうか。

事例からみる税制のゆがみ

1 消費税=簡易課税制度に異議あり

課税売上5000万円未満の中小企業に、会計処理の軽減を図るための施策として「簡易課税制度」がある。
消費税の税額は、原則
   (課税売上 ? 課税仕入れ) × 5% = 税額
で納税額が決まるわけだが、この「課税仕入れ」をみなし仕入れ率で計算してもよろしい、というのが、簡易課税制度である。

これは、中小企業の会計処理の負担軽減のために取られている施策であるが、しばしば、納税者が徴収した税額より多い税額を納めなければならない矛盾が生じている。
また、簡易課税システムに、かなり厳しい縛りがあるため「簡易」転じて「難解」となっている。少しでも税額を少なくすることが使命のわれわれ税理士にとって、その選択は単に難しいだけでは済まされないものを包含している。
憲法の保障するところは、「徴収税額は多く取り過ぎてもいけない」のであって、いかなる事情を考慮するとしても、徴収した税額以上の納付義務が課せられることであってはならない。

特に、消費税の簡易課税によって不利益を受ける(徴収した以上の納付額になること)のは、企業内容が悪化して、苦しい状態になればなるほど負担が増えるという矛盾もあり、早急な改善を期待したい。

2 国家の施策が誤ったために蒙った国民の悲劇は救えないのか

90年、バブルがピークに達した。別表(PDF)を見ていただければ、そのすごさを再確認していただけよう。
問題は、この90年において相続が生じたことによる悲劇である。まさに悲劇しかといいようがない事態が生じている。
当該相続により取得した財産を売却しても、相続税だけが残るという悲劇であり、今なお苦しんでおられる納税者(国民)がいる。売却に至るまでの間、税務署からの再三再四の呼び出しはもとより、差し押さえの繰り返しが続き、心穏やかに生活することは不可能であった。バブルに対し、国家はどういう対応をしたのであろうか。

このようなケースの場合、国家として緊急救済措置が講じられないものであろうか。

3 オーナー会社(特殊支配同族会社)に課せられた課税強化は許されるのか。

06年5月、会社法が改正され、いわゆる1円法人の設立も可能になった。この制度の求めるところは、若者の起業意欲を促し、市場の活性化をはかり、就労機会の促進を図ろうというものである。これに対し、税法はマッタをかけた。

すなわち、こうして設立された法人は、税の優遇措置を著しく享受するのだという。つまり、こうした法人の社長(業務主宰役員という)は、自己で負担するべき経費を会社の経費で賄い、自ら受ける役員給与で給与所得控除を引いてもらうのは、経費の二重計上に当たる、という論理だそうである。
いかにもミミッチィ発想である。

〈オーナー会社〉(特殊支配同族会社)
・特殊支配同族会社とは?
業務主宰役員と業務主宰役員関係者がその同族会社の発行済株式等の90%以上を占めており、かつ、業務主宰役員と常務に従事する業務主宰役員関連者の総数が常務に従事する役員の半数を超えている同族会社をいう。
・特殊支配同族会社の損金不算入
 特殊支配同族会社が、業務主宰役員に対して支給する給与のうち、
 給与所得控除額相当額を損金不算入とする。
・損金不算入の適用除外
1)基準所得金額が800万円以下(平成19年度改正で1600万円)
2)基準所得金額が800万円超3000万円以下で、かつ、基準所得金額に占める業務主宰役員給与の割合が50%以下、のいずれかを満たす場合は、特殊支配同族会社であっても、役員給与の損金不算入措置はされない。

端的にいって、社長の役員給与の一部に法人税を課するのだという、およそ不可解な制度である。この考え方を、すでに存在している会社にも適用するのだとしたから問題が大きくなった。
財務省は当初、該当する企業は5?6万社であり、中小企業に与える影響は少ないとして説明してきたが、フタをあけてみれば、実際は11.7万社であった。中小企業関係者の猛反発をうけ、法施行前に800万円→1600万円に改正された代物である。

考えてみればよい。社長に支払った役員給与の一部に法人税を課すという矛盾を…。数少ない、充実の中小企業に負担を過重にさせることに他ならない。政府は、本当に中小企業のことを考えているのか、と疑いたくもなる。

〈事例〉
法人利益 1000万円(役員給与960万円)
従来の法人税  400万円
改正後の法人税 486万円

〈参考〉 民主党税制改革大綱
いわゆる「特殊支配同族会社」の役員給与に対する損金算入措置は廃止した上で、給与所得控除全般の見直しの中で、改めてそのあり方を検討する。

4 中小企業の役員給与はなぜ実情に合わせてはいけないのか?

中小企業は苦境にあえいでいる。商店街は各地ともボロボロである。
中小企業のトップは、まさに苦悩の真っ只中にいる。企業の成績は悪化の一途をたどり、自らの給与を削減して生き残りに掛けている。苦労が実って削減していた給与を元に戻そうというのは、当然の行為であろう。非とするところは見当たらない。
しかるに、法人税法では、これが許せない行為だという。

法人税法34条(役員給与の損金不算入)

内国法人がその役員に対して支給する給与のうち次に掲げる給与のいずれかに該当しないものの額は、その内国法人の事業年度の所得の計算上、損金の額に算入しない。 

( )書き部分をのぞく。
 一 (定期同額給与)
 二 (事前確定届出給与)
 三 (利益連動給与)

つまり、役員に対する給与は「本来経費にすることができないが、法人税の規定に従って処理すれば経費にしてやる」という発想である。本当にこれでよいのか。

中小企業の実態を考えると、企業収益が確保できない場合、当然役員給与をカットしようとする。カットしないと金融機関が承知してくれない実情もある。何とか、業績に見通しが立てば、カットしていた部分を元に戻したいと考えるのは当然である。ここに、疑問を挟む余地はない。これこそが、中小企業たるゆえんで、活性化、キャッシュフローの確保からみても自然の流れである。
実態をまったく無視して、定時総会で決定した役員給与を一定の条件に従って支払わない限り、これを認めないという。とんでもない規定が盛り込まれた。(平成18年4月1日改正事項)
給与UPは役職の変更などに限ってOKとなり、減額改定も厳しく規定され、著しく業績が悪化したこと等が条件になる。単に目標に達しなかったというのでは、減額もできないのである。
はたして、これでいいのか。

5 譲渡損益の損益通算の廃止は国の施策に逆行する=所得税

国は〈再チャレンジ〉をキーワードに、企業再生に力を注いでいる。だが、国のこの種の政策に逆行する税制がある。
所得税の土地や建物の譲渡損益の損益通算を廃止、がそれである。詳細は資料(添付省略)に譲ることにする。

〈資料説明〉
資料は、損益通算の廃止に触れているが、直接的な争点は遡及である。本稿では損益通算そのものについて、異議あり、を訴えるものである。

当事務所の事例を紹介して提言する。
Aさん(個人事業者)は一代で財をなし、自宅のほかに、社屋、従業員寮、テニスコートに加え、別荘を持っておられた。さらには、出身地のS県の幹部の要請を受けて、住宅公社のすすめる賃貸住宅のオーナーにもなっておられた。
世はバブル時代。相続税を心配して、相続人に負担を掛けないように一つにまとめることを思い立ち、大規模テナントビルを新築、一つにまとめることを決断された。20億円規模である。
所有不動産を順次売却していき、最終的には10億円程度の借入金を残し、企業収益とテナント収入による悠々のプランニングであった。ところが建設半ばで、バブルの崩壊が始まった。
結果は、見るも無残。所有土地を売却しようにも、担保不足が生じることから、金融機関の承諾が得られず、あれよあれよの間に暴落。あっという間に巨額の不足額が生じ、処理不能に陥った。
その後、金融機関との粘り強い折衝を続け、当該マンションの部分売却などを繰り返し、10数年維持してきたが、損益通算の廃止で〈弓折れ 矢尽きる〉状態で胡散霧消してしまった。
その時期には、なお年間5000万円程度の利益を確保しておられたのだが、巨額な借金返済の前には、対処できない金額であった。
最終的に巨額の損失を出して、売却されたのであるが、その損失はテナント利益とも損益通算できないのである。テナントのために建築したが、維持困難になったとして売却した場合、その売却損はテナント収益を通算できないというのは、不思議としかいいようがない。
Aさんの場合、多くの従業員が失業することになったわけであり、雇用機会の確保の観点からも、このような馬鹿げた税制度があってはならない。何が、再チャレンジというのか。

単純に考えてみたい。
個人事業者がかなりの欠損を出し、やむなく親代々の土地を売却してこれを補填、再起をきそうとしたとき、不動産の譲渡に対し税金がかかり、事業の損失はなんら考慮してもらえないのだという。果たして、これで再生支援というのであろうか。
また、その事業は順調ではあるが、高値で購入した事業所(不動産)の負担が大きく、その事業所を売却して負担を軽くしようと考えても、事業所得には通常の所得税が課税され、土地の売却損はまったく考慮されないのである。
このケースの場合、どちらも事業から生じた利益であり、損失であるではないか。通算できないというのは、いかにもおかしい。

35周年に当たっての主張

1 租税の立案に当たって、納税者(国民)に損失を与える制度をとってはならない。
2 国家のベクトルに、税制が相反した行為をとってはならない。
3 国の失政が顕著になった場合、国民の負担を最小限に補う緊急施策を講じることを採り入れるべきである。
4 中小企業の活性化を大切にする施策を第一義として、姑息な手段で税収増大をあげるべきではない。
5 納税者(国民)は、法の盲点を過大解釈する〈節税対策〉に走ると人生を狂わせ、税制をゆがめることにつながる、と自覚して行動しようではないか。