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巻きおこれ 喜びの波動!

阪神淡路大震災の「地区納税相談」に相談員として出掛けたときに出会った70歳のおばあちゃんとのやりとりです。小さな印刷所を経営されていますが、実際に印刷機を動かす娘さん(40歳すぎ?)とご一緒の来所でした。税務相談を終えて対話が始まりました。

「情けないわ。こんな歳になって、こんなひどい目におうて?」

「本当に大変でしたね」

「地震におうてから、こおうて(恐くて)こおうて。顔もこんなにひきつって しまって?」

「本当に大変でしたね。でも仕事ができるようになったんやから、喜びましょ うよ」

「なんで喜べますねん。こんな歳になって借金(380万円)しんならんて情け ないわ」

「前の機械(印刷機)はつぶれてしまったんですか」

「機械の上に工場がザッとくずれ落ちて?。それでも必死やったし、動かしてみたら動くさかい、1ヶ月ほど頑張ってたんや。だんだん気持ちが落ち着いてきたら、どうしても機械が動かんようになって、印刷できんようになってしもうて?」

「落ち着くと印刷ができんようになったんですか」

「そうや。見当がぜんぜんあわへん。しゃないし、借金してこうた(買った)んやけど、この歳になって借金するやなんて情けないわ」

「おばあちゃん、何いうてますねん。おばあちゃんの歳になって借金が出きる人て何人いはると思います。借金できるて大変なことや。おばあちゃんの歳になって借金できるのは、選ばれた人や。それだけでも喜ばな」

「そんな喜ばすこと言うてもあきまへん」

「でも、おばあちゃん、やっぱり喜ばなあかんわ」

「なんでやねん」

「おばあちゃん生きてるわ。生かされてるわ。
生きてることを喜ばなあかんわ。私みたいな若いもんにこんなこと言わしたらあかん。おばあちゃん、それで印刷機は娘さんが動かしたはるのやろ。
娘さんがいやはらへんかったら、印刷機を買うどころやあらへんやんか。娘さんに感謝してますか」

「感謝するなんて。えらそうに言いよるんや」

「そら娘さんかて、おばあちゃんのようにグチばっかりゆうて、顔ゆがめてた ら、ちょっとくらいえらそうに言いとなるわ。
おばあちゃん。おばあちゃんが印刷所をやめる、というたら娘さんは手伝わんでもいいんですよ。本当はその方がいいんや。失礼やけど娘さんに支払っている給料10万円でしょう。10万円やったら、手を汚して、グチばっかり聞きながら機械を動かさんでも、パートに勤めた方がよっぽどきれいやし楽やし、心配もいらへん。
おばあちゃん。娘さんはおばあちゃんが好きなんや。おばあちゃんが寂しかったらあかんさかい応援したはるんや。やっぱり、娘さんに感謝しなあかんわ」

「ふーん」

たまご

たまご 「おばあちゃん、それとな。やっぱり生きてることに感謝しなあかんわ。
若いもんがえらそうに言って申しわけないけど、私はこんなに健康や。でも、もっとおだやかになろう、楽しくなろうと自分自身で訓練しているんですよ。ほら(写真をみせながら)、この写真を見てくれますか。これも穏かになろうとするための訓練なんですよ。
ちょっと実験してみましょうか。(名詞で割り箸切りの失敗と成功例を見せたあと)何にも気をいれへんかったり、頑張りすぎたりしたらあかん。楽しもう、とゆったりしたら切れたやろ。何度もえらそうに言うてすいませんけど、私のような若い健康なもんでもこんなこと考えて、毎日楽しくしようと思ってるんやさかい、おばあちゃんは残念やけど地震にあったことから逃げ出せへんやろ。私以上に楽しもうと思ってくれへんかったら、そりゃムリですよ」

「おおきに、こんなたくさんいはる中であんたみたいな人におうた(会った)のは、神さんのめぐりあわせや。おおきに、大事にします」

「えらそうに言うてすんません。京都からおばあちゃんに会うためにきたんやさかい、生かされていることに有難いと思うようにしましょうよ。そしたら楽になります。何せ選ばれた人なんやさかい」

「おおきに、おおきに」

「じゃ娘さんと仲良くやってください。いつか会うのを楽しみにしています。 笑って下さいよ、その時は?」

このやり取りをしている途中から、おばあちゃんの顔がどんどん変わっていきました。顔のひきつりが収まって、おだやかになっていかれたのは、なんとも驚くばかりです。「これから楽しくしましょう」と握手を求めると「おおきに握手してくれるの」と両手で私の手を握って下さいました。
そして、穏やかで、楽しい目をしたおばあちゃんと、目に薄っすらと涙を浮かべた娘さんは、振り返り振り返りお帰りになりました。
私にとっても貴重な体験です。

[早川嘉美著『変身そして創造』より平成9年1月発行]