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閑話休題  本当にあった?お話

ある日、病院に行ったときの風景をご紹介しましょう。
年のころは、60歳より少し上か、少し下のオジイチャンと呼ぶにはちょっと可哀想な、ちょっととぼけた感じの男性です。
この日、初めて来院したようで受付で看護婦さんに「どうしたらいいんですか?」と尋ねていました。そこからのやり取りを再現してみました。

看護婦さん「ここに名前を書いてお待ち下さい」
男性「ハイ、名前を書いとくんですね」

よしたか

しばらくして戻ってきた看護婦さん、書き込まれた受付票を見て、アレッと驚いた様子で「姓(せい)も書いていただけますか」
男「せい(背)もですか。」ぶつぶつと口の中でつぶやきながら、

165センチ

と書き込みました。

またしばらくして戻ってきた看護婦さん、「姓も書いていただけましたか」とのぞき込んだところ、「165センチ」と書き込んであるのを見て、鳩がマメ鉄砲を食らったように目を丸くして「おやまぁ」あきれた様子です。

看「いや、身長(しんちょう)ではなく姓ですよ。せい めい 姓名(せいめい)を書いていただきたいんです」
男「(ブツブツと口の中で、それならそうと初めから言ったらいいのに、とつぶやきながらも)声明(せいめい)ですね。ハイ ハイ」と書き込み始めました。

声明
私はこの病院に来た限りは、お医者さんのいうことを信頼して、あとでゴタゴタいうことはしません。

またやってきた看護婦さん。こんどこそバカにしたように「なんとまぁ。姓名って、名前と苗字(みょうじ)のことですよ。苗字、わかりますか。北川さん、とか、岡本さん、とかあるでしょう。それが聞きたいんですよ」

男「ボクは北川ではないですワ。岡本でもないですワ。村上ともちゃうよ」
看「たとえば、と言っただけですからね。では、なんという苗字ですか」
男「そんな、ぼんぼん言ったらわかるもんもわからなくなるやんか」
看「失礼しました。それでどういう感じなんですか」
男「漢字って、まだ苗字もわかってへんのに?。姓はもういらんのかいな」
看「いや、いるんです。それでお名前は?」
男「よしたか っていってるやろ。」
看「ハイハイ。そうでしたね。で、苗字はなんていうのですか」
男 (ぶっきらぼうに)「みぞかわ」

看「それで、どういう漢字ですか?」
男「どういう感じって難しいなぁ。象にふんづけられた感じで足がぺったんこになっているようやワ」
看「象に踏みつけられた? 象に踏みつけられたら、そんなんで済まへんでしょう。それこそ、ぺったんこで足の形もなくなってしまってるんじゃないですか」
男「看護婦さん よう知ったはるなぁ。象に踏まれたことあるんかいな」
看「まさか! でも ほんとに象に踏まれたら足の形もなくなるんじゃないですか」
男「そうかなぁ?。象が大きすぎるんやったら、カバくらいかなぁ」
看「カバも重たいですよ。なんトン違(ちが)います。やっぱり足の形 なくなるんじゃないですか」
男「カバでも重すぎるんか。何がいいんかなぁ? ペンギンでは軽すぎるしなぁ。ワニにしときますわ。ワニに触(ふ)れたようなゾッとする感じかなぁ」
看「ワニ? ワニねぇ。」

看「いえいえ そんな話じゃなくて、漢字 どんな文字ですか、とお尋ねしてるんですよ。みぞかわさんでしたね。どんな字を書くんですか」
男「なんや、そんな話かいな。それなら、みぞかわのみぞは、溝添のみぞ。川は早川の川や。」
看「ミゾゾエのミゾて? ミゾブタのある排水の流れているあのミゾでいいんですね」
男「違うがな。わしのミゾはもっときれいな、ほら、ちっちゃな魚が泳いでいるようなミゾや。」
看「ハイハイ。それで、カワは三本川でいいんですね。」
男「三本川てなんや? 川が三つも並んであったら、橋ばっかり渡らんならんから大変やがな。|||||||||ていう漢字て知らんで。」
看「ハイハイ。サンズイの大きな河ではないですね。」
男「サンズイてなんや。大きな川ていわはるけど、何と比(くら)べて大きいのやわからへんがな。鴨川か? 宇治川か? ひょっこい高瀬川か?」

看「いや、もうその話はいいです。スースースーと三本書いた川でよろしいんでしょう。」
男「スースースーて、なんか安もんの字みたいにいうな。」
看「それで、よしたか の“よし”はどういう字ですか?」
男「わしの友達に嘉美ていうのがいよるんや。その嘉美の“嘉”。たかは、わしの一番好きな孫の名前が泰隆というんや。その泰隆の“隆”や。」
看「??? そんな無茶(むちゃ)いったって。」
男「そうか知らんか。どっちもいい男やで?。 やすたかに妹もいよるけど、これがまた可愛いで?。いっぺん 見せたりたいわ?。」
看「ハイハイ 一度あわしてください。でも ご主人 もうその話はいいですから、よしたか の字を教えてください。」
男「ハイは一回でいいでー。そうか、会いたいか。でも、今は三田に住んどるさかい、すぐに いうてもそういうわけにはいかんワ。でも、わし アンタの主人違うで。」
よしたかのよし看「ハイハイ。それで よしたか はどんな字ですか。」
男「ハイは一回ゆうてるやろ。それにしても、ちょっとも診察してくれへんのに、ゴチャゴチャいうな。あんまり嬉しないけど、喜ぶ ていう字があるやろ。」
看「ああ、喜ぶの喜(よし)ですね。」
男「まだ最後まで言ってへんやろ。せっかちやな。喜ぶに力をつけるんや」
看「喜ぶに力? こんな字あったかなぁ」
男「お前、アホやな。力は下につけるんや。」
看「下に? へんやなぁ。」
男「やっぱり、お前はアホや。口のヨコにつけんかい。」
看「あッ そうか。こうでしたね。それで、タカはどんな字ですか。」
男「タカはヤスタカのタカやていうてるやろ。ヤスタカ知らんのか。コザト偏に…」
看「コザト偏? では、りゅう ですか」

男「なんで、タカ が リュウ やねん。タカは動物園行ったら見られるけど、龍は動物園に行っても見られへんがな。看護婦さん見たことあるんかいな。」
看「たか(隆)て、りゅう て読めるやないですか。もう疲れたし、これにしときます。」
男「何や、人の名前が違っててもいいてゆうんか。」
看「そんなわけやないですけど、もう疲れたし…。ああ、そうや 保険証を持ってきていただいてますか。」
男「そら、持ってきてるがな。これやろ!」
看「そう、これこれ。なあ?んや、最初から保険証をみたらよかったのに。ホンマ わたしアホみたい」
男「そやろ、わしがアホゆうたん おおてるやろ。」

看「それで、いまはどういう感じなんですか?」
男「今 ゆうたやろ。ミゾはミゾゾエのミゾ、川は早川の川……。」
看「いや、お怪我(けが)の感じ、お怪我の様子はどうですか? て聞いてるんです。」
男「何や、あんた お医者さんみたいな聞き方するな。それも さっき言ったやろ、象に踏んづけられたような、いや カバやったかな? いや違った。ワニに触れられたような、って。でも、何やアンタとグチャグチャしゃべってたら、何や忘れてしもた。もう診(み)てもらわんでもいいわ。もうええわ。帰るわ。また来るわ。」
看「???」

男「そやけど 看護婦さん あんた、もうちょっと勉強しときや。」
看「(聞き取れないちっちゃな声で)もう来んといとくりゃす。」

早川嘉美 作
2008.6.29記

*言葉て面白いね、怖いね。大切に使おうね。
 でも、どこまでホントウにあった話だろうね?